東京地方裁判所 昭和63年(ワ)15066号 判決 1991年7月12日
原告(反訴被告)
難波桂子
右訴訟代理人弁護士
八木良和
被告(反訴原告)
ジャーディン マセソン株式会社
右代表者代表取締役
安田弘
右訴訟代理人弁護士
若林安行
右訴訟復代理人弁護士
太田健昌
主文
一 原告(反訴被告)の本訴請求をいずれも棄却する。
二 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを八分し、その七を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 本訴
1 原告(反訴被告、以下「原告」という。)が被告(反訴原告、以下「被告」という。)に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対して、昭和六三年一一月一日以降毎月二四日限り金九四万一〇〇〇円を支払え。
3 被告は、原告に対して、金二一五万二四五九円及び平成元年以降毎年六月末日限り金一三〇万円を、一二月末日限り金二六〇万円をそれぞれ支払え。
二 反訴(不法行為による損害賠償請求)
原告は、被告に対して、金五〇〇万円及びこれに対する平成元年七月一五日(反訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 原告の雇用と解雇等(以下の事実は、当事者間に争いがない。)
1 被告は、機械、林産品、ファッション製品、皮革製品、スポーツ用品、モーターオイル販売、小売業等を営むことを目的とする会社である。被告は、総合商社として活動を行ってきたが、自社商品を直接消費者市場に供給する部門を持つ方針を立て、ダイレクトマーケティング事業本部を設置することにした。そして、被告は、小売店舗等を有していなかったので、システム販売の方式(被告が販売員との間に特約代理店契約を結んで組織化する販売方式)をとることとした。
2 原告は、被告に、昭和六三年三月一日雇用され、ダイレクトマーケティング事業本部(以下「事業本部」という。)副本部長兼営業部長を命じられ、給与として基本給六五万円、住宅手当三万五〇〇〇円、職種手当一三万五〇〇〇円、部長手当一二万一〇〇〇円の合計九四万一〇〇〇円を毎月二五日限り支払われることになっていた。(なお、原告は、右給与のほかに毎年六月末日限り基本給の二か月分、一二月末日限り基本給の四か月分の賞与が支払われる約束であったと主張する。)
3 被告は、原告に対し、昭和六三年一〇月二五日付けで懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。
二 争点
1 本訴
被告の主張する以下の懲戒解雇の理由があるか否か及び原告に弁明の機会を与えなかったことにより解雇が無効となるかが中心的争点であり、当事者の主張の要旨は以下のとおりである。
(一) 被告の主張の要旨
(1) 原告は、事業本部と事業が競合するホームケア・ジャパン株式会社(以下「ホームケア」という。)の幹部エージェント(販売員)としての地位を解消することなく被告と雇用契約を締結し、事業本部副本部長兼営業部長となった。これは、懲戒解雇事由である就業規則三七条四号の「不当な方法で雇入れられたとき」又は同条九号の「準ずる行為のあったとき」に該当する。
(2) 原告は、被告に雇用されたのちも、被告の承認を受けずに、ホームケアの幹部エージェントとしての活動や業務を行った。これは、懲戒解雇事由である就業規則三七条五号の「会社の承認を受けずに、在籍のまま他の定職についたとき」又は同条九号に該当する。
(3) 原告は、事業本部において、エージェントの募集及び資格認定を行う責任者であったが、この地位及び権限を逸脱又は濫用して、被告の直轄エージェントになるべき者を被告に無断で、原告の長男の妻である難波直美(以下「直美」という。)又は原告の妹である山口南美子の下に不正に位置付け、これにより自己の親族に対して右位置付けに基づく種々の特典を与えるとともに、被告の販売システムの公正さ及びこれに対する信用を毀損させた。また、原告の右行為の結果、少なくとも二名は、被告のエージェントになることを辞退してしまった。原告の右行為は、就業規則一五条八号の「業務に関し、不当に金品その他の利益を受け取ったり与えない事」又は一〇号の「準ずる事項」に該当し、また、就業規則一五条五号の「会社を欺いたり、業務上の損害を与えるような行為をしない事」にも該当し、いずれも懲戒解雇事由を定める就業規則三七条八号に該当する。
(4) 原告は、前項の地位及び権限を逸脱又は濫用し、直美名義のエージェント資格申請書を密かに受理し、かつ、申請のない原告の長男難波達也(以下「達也」という。)を勝手に被告のエージェントとして認定し、右認定手続を行った。原告の右行為により、原告の親族に不当な利益を与えるとともに、被告の販売システムないしエージェント認定手続の公正さ及びこれに対する信用を毀損させた。これらの行為は、原告が代表取締役をしていた有限会社ケイ・コーポレーション(以下(ケイ・コーポレーション」という。)を通じて私腹を肥やすためのものである。原告の右行為は、就業規則一五条八号の「業務に関し、不当に金品その他の利益を受取ったり与えない事」又は一〇号の「準ずる事項」に該当し、就業規則三七条八号の懲戒解雇事由にあたる。
(5) 原告は、被告のエージェント募集の席上や研修会等の席上において、「エージェントになれば、被告の取扱い商品であるハンティングワールド製品や洋酒類等が安く買える。」、「ベンツの新車が半額で買える。」とか「一五万円以上買った人は、大型クルーザーで旅行に招待する。」等被告が承認したこともない偽りの特典を公然と提示し、被告の信用を傷つけた。これは、就業規則七条の「会社の信用を傷つける言動」に該当し、就業規則三七条八号の懲戒解雇事由にあたる。
(二) 原告の主張の要旨
(1) 原告は、被告に雇用された後ケイ・コーポレーションのホームケアに関する仕事に携わっていないし、ケイ・コーポレーションがホームケアから昭和六三年四月をもって特約代理店契約を破棄された後は形式上もホームケアとの関係がなくなった。なお、被告は、原告がホームケアの特約代理店であったケイ・コーポレーションの代表取締役であることを承知しながら、雇用に当たって何らの指示をしなかった。
(2) 原告は、右のとおり被告に雇用された後にはホームケアの仕事をしていない。原告は、ホームケアの主催するオーストラリア旅行に参加したが、これは研修旅行ではなく、慰安旅行であり、事前に被告の承認を取って参加している。
(3) エージェント資格挑戦申請をするには、被告から三〇万円以上の商品を一回で注文しなければならず、そのため、まずスターターキットを購入してメンバーとなり、その後エージェント資格挑戦申請をしようとする者もおり、スターターキットを送付するのは当時はエージェント資格挑戦申請中の者のみであった。そして、スターターキットの送付を受けた者がエージェント資格挑戦申請をする場合には、最初にスターターキットを送った者が推薦者となるのであり、スターターキットを送付させる者を選択するについては原告に裁量があり、達也等を選択したことは右裁量の範囲内である。ちなみに、エージェント資格挑戦時に推薦者となっていても、エージェントに認定されるときに推薦者がその上位に位置付けられるとは限らず、原告が事業の円滑な発展のために裁量権を行使していた。
(4) 原告は、エージェント認定権限を有していたが、直美名義のエージェント資格挑戦申請に対し達也名義の認定をしたのは、実質上の活動をしていた達也を認定名義としたにすぎず、エージェント認定が二重にされるおそれもなく、そのことにより被告に不当な損害を生じさせることもないから、原告が行った右認定に問題がなく、権限を濫用したものではない。達也は、被告代表者の勧めでエージェントになろうとして資格達成の要件を満たしたのであり、他のエージェントとともに被告代表者から認定書を交付されたのであるから、原告が勝手に認定したことはない。
(5) 原告は、被告主張のような虚偽の特典を公示したことはない。
(6) 被告は、原告に対し、被告が主張する解雇事由に関し弁明の機会を与えることなく本件解雇をした。このような解雇は、手続的に瑕疵があり、無効である。
2 反訴
被告は、原告が以下のような不法行為をし、これによって損害を受けたと主張し、これに対し、原告は、右不法行為の事実及び損害の事実を否認しており、被告主張の不法行為の成否及び損害の発生が中心的争点である。
(一) 原告は、昭和六三年一〇月五日、被告事業本部副部長兼営業部長の地位にあり、システム販売事業のエージェント認定手続業務を行う権限を有し、かつ、その業務を行っていたが、その地位を不正に利用し、権限を逸脱して、達也と共謀して、被告に対してエージェント資格挑戦の申込みをしたことのない達也宛の架空の認定書をほしいままに作成し、これを事情を知らない被告代表取締役から達也に交付させ、達也に架空の認定書を入手させた。
(二) 原告は、右地位を不正に利用し、その権限を逸脱して、原告が被告の責任管理職として募集し、被告の直轄エージェントとなるべき数名のエージェントを勝手に原告の親族のサブ・エージェントとしての位置付けを行い、これらの者が被告直轄エージェントとして享受すべき特典をほしいままに剥奪した。
(三) 原告は、被告のエージェント募集の席上や研修会等の席上において、「エージェントになれば、被告の取扱い商品であるハンティングワールド製品や洋酒類等が安く買える。」、「ベンツの新車が半額で買える。」とか「一五万円以上買った人は、大型クルーザーで旅行に招待する。」等被告が承認したこともない偽りの特典を被告の責任管理職の立場で公然と提示した。
(四) 原告の右(一)及び(二)の各行為は、被告のシステム販売事業の基盤を揺るがす被告の事業に対する侵害行為であり、右(三)の行為は、被告の社会的信用を傷つける侵害行為である。
(五) 被告は、原告の右各行為によって、被告及び被告のシステム販売事業に対する社会的信用が毀損され、その損害額は五〇〇万円を下らない。
第三争点に対する判断
一 本訴について
1 ホームケアの幹部エージェントのまま被告に雇用されたことが懲戒解雇事由に該当するか(被告主張の(1)の事由)。
(一) 原告は、長年にわたり洗剤等の無店舗販売を業とするホームケアの特約代理店(スーパーバイザー・ディストリビューター、SD)として活動してきた。原告は、ホームケアの商品を販売することを目的とするケイ・コーポレイションを設立し、その代表者となったが、昭和五六年六月三〇日ケイ・コーポレイションとホームケアとの間で特約代理店契約を締結した。右特約代理店契約は、表面上は原告が代表取締役をしていたケイ・コーポレーションが代理店となっていたが、これは、訪問販売法の規制等のために法人が代理店として販売することとしたものであって、実際は原告が代理店となって活動していた。(<人証・証拠略>)
(二) 原告は、被告に雇用されるに際し、ホームケアとの特約代理店契約を解消することなく、かつ、ホームケアのSDとしての地位を解消することもなく、更に、ケイ・コーポレーションの代表者の地位をそのままにして被告に雇用された(<証拠・人証略>)。
原告は、ホームケアにおいて原告の長男の妻である直美に継承する手続をしたと主張するが、本件全証拠によっても、右継承によって原告がホームケアのSDとしての地位や代理店の地位を失うか否か明らかでなく、また、原告が被告に雇用された当時ホームケアから直美への継承が認められていなかったのであり(原告本人)、原告が、いまだホームケアのSDの地位にあったことが認められる。
(三) しかしながら、被告代表者らは、原告がケイ・コーポレーションの代表者をし、ホームケアの幹部エージェントとして活動していたことを熟知しており、また、原告に対し原告がホームケアとの関係を清算してから入社することを特に要望したことがないこと(<人証略>)などを考えると、右(二)の事実をもって、就業規則三七条四号の「不当な方法で雇入れられたとき」、又は、同条九号のこれに「準ずる行為のあったとき」に該当すると認めることはできない。
2 入社後ホームケアの幹部エージェントとして活動し、業務を行ったか(被告主張の(2)の事由)。
原告が被告に雇用された後、ホームケアの幹部エージェントとして活動したり、業務を行ったりしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。(人証略)によれば、原告が入社後ホームケアから特約代理店契約を解除された後に、ホームケアから商品を購入できるように原告の登録番号をホームケアの代理店をしていた森田廣子の登録番号に変更したことが認められるが(これに反する原告本人の供述は、右<人証略>に照らし、採用することができない。)、右事実から原告自身が右変更後の登録番号を利用してホームケアから商品を購入するなどしたこと推認することはできない(かえって、原告本人及び<証拠略>によれば、原告ではなく、達也らが右登録番号を利用してホームケアから商品を購入して販売していたことが認められる。)。また、原告は、被告に入社後ホームケアの主催する特約代理店を対象とする海外旅行に行っているが、これは前年度の実績のある特約代理店に対する特典であり、研修旅行であると認められず、必ずしもホームケアの業務に関するものとは認められず、(原告本人、<証拠略>)、右旅行に赴いたことは、ホームケアと競合する被告の幹部社員としてははなはだ不都合な行為ではあるが、右旅行の内容からすると、懲戒解雇をしなければならないほどの行為であると認めることはできず、就業規則三七条五号(会社の承認を受けずに、在籍のまま他の定職についたとき)又は九号に該当すると認めることは相当でない。
3 地位・権限の逸脱、濫用があったか(被告主張の(3)及び(4)の事由)。
(一) 被告のシステム販売の概略
被告は、前記のとおり自社商品をシステム販売方式により直接消費者市場に供給するために事業本部を設置したが、被告のシステム販売方式は、エージェント(特約店)、メンバー(会員)、コンシューマー(消費者)という縦の系列(これをスポンサーラインという。)で構成され、商品は、メンバーに対しては紹介者のエージェントから、コンシューマーに対してはメンバーから販売される。エージェントは五〇パーセントの価格で被告から購入し、メンバーには八〇パーセントの価格で販売し、メンバーは一〇〇パーセントの価格でコンシューマーに販売する。エージェント及びメンバーは、このように仕入れ価格と販売価格の差を利益とし、更にエージェントは、被告から月間の売上額に応じてマージンを受け取り、自己の育成したエージェントの年間売上額に対するボーナス等を受け取る。エージェントは、被告からその認定を受けることを要し、そのためにエージェント資格挑戦の申し込みをし、一定期間一定の売上(九〇万円以上の売上を三か月間上げる。)をすることが必要である。右挑戦の申し込みをするについては、推薦者が必要であり、被告の幹部社員が開拓した挑戦者の推薦者は、被告がなることになっていた。また、右挑戦中でも、自己のメンバーがエージェント資格挑戦の申し込みをするについて推薦者となることができ、この場合、資格認定に要する売上額は、自己の売上に推薦をした他の挑戦者の売上を加算することが認められる。(<証拠略><人証略>、ただし、右認定に反する原告本人の供述部分は採用することができない。)
原告は、事業本部本副部長兼営業部長として、エージェント認定手続及び業務を行う権限・地位を有していた(<人証略>)。
(二) エージェントの位置付けについて(被告主張(3)の事由)
(1) 船木道子は昭和六三年六月九日付けで、前田義勝は同月二日付けで、丸山美津恵は同年五月一九日付けで、それぞれエージェント資格挑戦申請を行っている(<人証略>)。右三名は、いずれも原告が行った説明会に参加したもので、原告の勧誘によって右申請をしたものである(原告本人)。このような場合、前記認定のとおり、その推薦者は被告がなるのであるが、船木と丸山は直美が推薦者に、前田は原告の妹である山口南美子が推薦者になっている(<人証略>)。
原告は、スターターキットの送付を受けた者がエージェント資格挑戦申請をする場合、スターターキットを送付した者が推薦者になり、スターターキットを送付させる者を選択するについては原告に裁量権があった旨主張し、原告本人は、右三名が当初スターターキットから始めたいというので、自己が親しくしていた直美や山口からこれを送らせた関係で、直美や山口が機械的に推薦者になっただけであり、エージェントの認定を受けるに際しては、スポンサーラインを改めて確立する予定であった、スターターキットを誰から送るかについては、事業の初めに当たって、有力なエージェントを育成するという視点も考えて責任者である原告の身内や地域の有力者の下に付けて、早くエージェントになって欲しいという考えで行ったと供述する。
なるほど、(証拠略)(被告のシステム販売のマニュアル)には、メンバーがエージェントになるにはエージェントの推薦が必要である旨記載されている。しかし、原告本人は、他方で、推薦者は説明会の会場にいた者がなるとか、「推薦者」欄は紹介者の名前を書くだけでスポンサーラインとは違うと供述するなど、その趣旨は必ずしも一貫していないし、一般に自己の傘下のメンバーエージェントになったときに、前記(一)のような特典があり、また、エージェント資格挑戦中に自己の傘下のメンバーがエージェント資格挑戦申請をしたときに、前記のような売上額の加算が認められる理由は、前記のようなシステム販売方式の趣旨からすると、自己が当該メンバーを開拓したことにあると認めるのが相当であるところ、スターターキットを送った者が開拓していないのに右のような特典が認められるエージェント資格挑戦者の推薦者になる合理的な理由は認められない。また、原告本人の供述するようにエージェント資格認定の際に改めてスポンサーラインを確立するというのであれば、スターターキットを送った者が機械的に推薦者になる合理的理由は認められない。
原告が直美や山口の下に前記の船木らを位置付けた理由について、原告本人は、別件の証人尋問において、不安に思う人から言われて直美傘下の下部エージェントに位置付けしたのであり、原告が無理にしたものではなく、スターターキットを送付したり、指導のためケイ・コーポレーションに位置付けたのは、意図的にしたのではない、山口に位置付けたのは他意はなく大阪だからである旨供述しており(<証拠略>)、原告本人の前記供述とその趣旨が一貫していない。また、直美や山口を早期にエージェントにすることが被告にとって有益であると認めるに足りる証拠がなく、かつ、被推薦者の売上を加算することにより結果的に一部の者についてのみエージェント資格認定基準を緩和することになるような措置をする権限が原告にあったとする合理的根拠は認められない。したがって、本来被告の直轄エージェントになるべき者を他のエージェントの下に位置付けることが、原告の裁量権に基づいてできると認めることはできない。なお、事業を始めるに当たり、有力なエージェントを早期に育成する必要があったとしても、原告の親族である直美や山口を早くエージェントにする合理的理由を認めることはできないから、仮に原告にスターターキットを誰に送らせるかの裁量権があったとしても、直美や山口に送らせたことが合理的な裁量に基づくものとは認められない。
原告本人は、エージェント認定時にスポンサーラインを確定する予定であった旨供述するが、エージェントの認定に当たり、右供述のような意味でのスポンサーラインの確認の手続をとったり、被告の直轄のエージェントにふさわしいか否かを具体的に検討したことを認めるに足りる証拠がないこと(原告本人は、船木及び前田が直轄エージェントとしてふさわしいと判断した旨供述するが、右のような判断した具体的根拠について述べるところがなく、後記認定のとおりエージェント認定の直前にスポンサーラインの確認の通知をしていることに照らし、右供述は採用し難い。)、エージェント認定に当たり、抗議等によらず原告の判断によって「推薦者」の傘下に入れなかった者がいることを認めるに足りる的確な証拠がないこと(原告本人は数人いた旨供述するが、具体的な裏付けがなく、直ちに採用することはできない。)に照らすと、原告本人の右供述を直ちに採用することはできない。なお、被告は、昭和六三年九月二八日ころ、エージェント資格挑戦申請者に対し、スポンサーラインの確認をしたが、これは、コンピューター処理をするために申請段階のラインに基づいて確認をしたものであり、原告本人が供述するように申請段階と認定時のスポンサーラインが異なることがありうることを前提とするものではない(<人証・証拠略>、右認定に反する原告本人の供述は、右各証拠に照らし採用できない。)。
(2) このように、原告は、その権限を利用して、本来被告の直轄エージェントになるべき者を自己の親族のスポンサーラインに置き、また、自己の親族をその推薦者としたのであるが、これによって、原告の親族は、エージェント資格挑戦中は必要な売上に被推薦者の売上を加算することができ、認定後は、推薦者となったエージェントの売上額を加えてボーナス等を受けることができることになる。
そして、原告は、その立場、権限等から右行為が右のような意味を有することを十分知っていたものと推認されるから、自己の親族に右のような利益を上げさせる意味もあって、被告の直轄エージェントになるべき者を自己の親族のスポンサーラインにおくという不正な行為を行ったと認めるのが相当である(右認定に反する原告本人の供述は、以上に照し採用することができない。)。
なお、被告が主張するように、原告が右のような行為をしたためにエージェントになることをやめた者がいることを認めるに足りる証拠はない。
(3) 原告の右行為は、被告の就業規則一五条八号の「業務に関し、不当に金品その他の利益を受け取ったり与えない事」に違反し、右行為の内容のほかに、スポンサーラインがシステム販売事業を行う上で重要な要素となり、そのためスポンサーラインの設定が公正に行われなければならないこと、原告が被告のシステム販売事業の責任者的立場にあり、エージェントの認定権限を有していたことなどを考えると、原告の右行為はその情が重いと認められ、懲戒解雇事由を定める被告の就業規則三七条八号(就業規則一〇条、一五条五号ないし八号に違反し、その情が重いとき)に該当すると認めるのが相当である(右就業規則の内容は、<証拠略>により認められる。)。
(三) 達也をエージェントと認定した経緯(被告主張(4)の事由)
(1) 直美は、原告及びケイ・コーポレーションがホームケアとの代理店契約を解除された後の昭和六三年五月一〇日付けで、被告に対して、推薦者を本社(被告のこと)とするエージェント資格申請書を提出した(<証拠略>、原告本人)。なお、原告が直美名義のエージェント資格申請書を密かに受理したとの被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。
その後、達也が研修会等に出席することが多かったが、原告は、達也をエージェントとして認定する手続をとり、同年一〇月五日にエージェントとして認定された(原告本人、<証拠略>)。
しかし、達也は、被告で定める前記のエージェント資格申請をしていない(原告本人、<人証略>)。
このように、原告は、申請もない達也を勝手にエージェントとして認定させようとしたものであり、その権限を逸脱したものと認められる。そして、右行為は、被告の事業本部の幹部社員であり、新規に事業を展開しようとする時期になされたものであることを考えると、重大な行為と認めざるを得ない。
なお、原告は、達也が被告代表者の勧めでエージェントになることを決意し、資格達成の要件を満たして認定書の交付を受けたのであり、原告が勝手に認定したのではない旨主張する。しかし、前記認定のとおりエージェント資格挑戦申請は、直美が行なったものであり、達也の申請ではないから、原告は達也の申請がないのに認定をしたのである。また、(証拠略)によれば、達也をエージェントとして認定したのは、被告の社員であった中野美千代の問い合せによるではなく、原告の指示によるものであることが認められ(これに反する原告本人の供述及び(証拠略)の供述部分は採用することができない。)、更に、達也以外に右のような取り扱いをしたことを認めるに足りる的確な証拠がない(原告本人の供述及び(証拠略)は、具体的な裏付けを欠き、直ちに採用することはできない。)。
(2) しかし、達也は直美のエージェント挑戦申請に基づき会議に出席するなど実質的に行動し、直美はエージェントの認定を受けていないこと(原告本人、<証拠略>)、右のような認定を行ったことにより被告に実質的な被害はないこと(原告本人、<証拠略>)、したがって、達也らに不当な利益を与えるとは認められないことに照らすと、原告がケイ・コーポレーションを通じて私腹を肥やすために右のようなことをしたとは認められず、原告の右行為を「業務に関し、不当に金品その他の利益を受け取ったり与えないこと」(就業規則一五条八号)又はこれに準じる事項(同条一〇号)に当たると認めるのは相当でない。そして、原告の右行為が被告の販売システムないしエージェント認定手続の公正さ及びこれに対する信用を毀損したことを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告が申請のない達也をエージェントとして認定し、認定手続を行ったことをもって、懲戒解雇事由に当たるとの被告の主張は、理由がない。
4 説明会での虚偽の言動があったか(被告主張(5)の事由)。
(人証略)は、原告が各地の説明会で、被告主張のような虚偽の言動をしたと供述するが、いずれも伝聞であり、これを直ちに採用することができず、他に被告の主張を認めるに足りる証拠はない。
5 原告は、被告が原告に弁明の機会を与えなかったことが手続上重大な瑕疵にあたり、本件解雇が無効であると主張するが、被告の就業規則は懲戒解雇をするに当たり弁明の機会を与えなければならないとしていないし(<証拠略>)、原告に弁明の機会を与えないことをもって本件解雇を無効にすべき事情を認めることもできないから、原告の右主張を採用することはできない。
6 以上によれば、被告の主張する懲戒解雇事由のうち一部(被告主張の(3)の事由)について理由があり、右事由によって本件解雇が有効であると認められるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
二 反訴について
前記の本訴について認定したとおり、反訴についての被告主張の不法行為のうち、(一)のエージェント資格挑戦の申し込みをしていない達也に対してエージェント認定書を作成して交付させたこと、(二)の被告直轄になるべきエージェント資格挑戦者を勝手に自己の親族のスポンサーラインに位置付けたことが認められ、これらの行為は、被告の幹部社員としてあるまじき行為であり、その権限を逸脱ないし濫用したものといわざるを得ない(ただし、原告の(二)の行為により、直轄エージェントとなるべき者の受けるべき特典を剥奪したことを認めるに足りる証拠はない。)。しかし、被告が原告の右行為により損害を被ったことを認めるに足りる的確な証拠がない。なお、被告主張のその余の不法行為については、これを認めることはできない。
したがって、被告の反訴請求は、理由がない。
三 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告のした懲戒解雇が有効であるから理由がなく、また、被告の反訴請求も理由がないから、いずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 竹内民生)